江戸時代の男たちは、Officialで髭にグッバイさせられていた。

文化と歴史

「髭を生やした男性」にどんなイメージをもつだろうか。

おそらく現代では、ダンディでちょっと大人な男性という印象をもつだろう。

では昔はどうだっただろうか。

こちらは戦国時代の武将、武田信玄。

たくましくて無骨な強い印象をもつだろう。武将たちの争いが絶えなかった戦国時代。強い印象をもたせるために重要だった。

時代は下って明治時代。こちらは初代総理大臣でおなじみの伊藤博文。

いかにも偉い人、といった印象を受ける。この時代は明治維新によって国のトップがガラッと入れ替わった。明治天皇が髭を生やしたということもあり、権力者の象徴としての役割を持った。

では、この2つの時代の間である江戸時代はどうだったか。

江戸時代の武士や庶民の様子が書かれた絵を見てみよう。

歌川国貞作『中村座三階稽古惣ざらいの図』
歌川広重作『東海道五十三次 日本橋 朝之景』

なんと。どちらの絵も髭を生やしている人がいない。

なぜだろう…。流行っていなかったのか…。髭の男はモテなかったのか…。

実はそうではない。髭が禁止させられていたのだ。

どんなダンディな男も「グッバイ。僕の運命の髭はここじゃない。」今回はそんなテーマです。

なぜ髭が禁止?幕府から出された髭の禁止令

平和な世に突入した江戸時代だが、初期の頃はまだ戦国の荒々しさが残っていた。

今で言うヤンキーみたいな、「かぶき者」と呼ばれる人たちが現れた。

派手な服装に派手な髪形、顔には髭を蓄え、金品を奪ったり乱暴をしたり、悪目立ちをして人々を困らせていた。

そんなかぶき者を取り締まろうと、幕府はいくつかの法律を出した。

1623年 1回目の禁止令

「奇抜な髪形や下鬚、大きすぎる刀や派手な装飾の禁止。」というかぶき者に対しての法律。

最初はこのように、このかぶき者に対してのものであり、庶民はまだ髭を生やしても大丈夫だった。

しかし、かぶき者はなおも暴れ続けている。

1645年 2回目の禁止令

「刀は二尺九寸(約90cm)まで、脇差は壱尺八寸(約55cm)まで。奇抜な髪形、大髭(口元全体の髭)の禁止。」と同じくかぶき者に対しての法律。

だが、より具体的になり、髭も下鬚(あごひげ)から大髭(口元全体の髭)の禁止に変わった。

1670年 3回目の禁止令「大髭禁止令」

それでもかぶき者たちは収まらず。4代将軍・家綱から5代将軍・綱吉にかけて、かぶき者たちを弾圧する。

その家綱がとうとう1670年に出したのが「大髭禁止令」という法律だ。

かぶき者たちは徹底的な弾圧により徐々に姿を消すことになるが、この「大髭禁止令」はかぶき者だけではなく、庶民までを対象とした。そして髭を禁止することに特化した最初のもの。

このように平和な世に髭などいらない。風紀を乱すようなものはダメ。ということで髭が禁止になったのだった。

庶民の間では流行…しかし徹底される髭の禁止

江戸時代の法律というのは、発令されたからといってすぐに浸透するというわけではない。

「3日法度」という言葉があるくらい、すぐおざなりになってしまう。なので上記のように何度も発令したり、取り締まりを強化する。

1670年に「大髭禁止令」が出されたが、庶民の間でもすぐに浸透するわけではない。

江戸時代の髭ブーム

1680年代から1700年代の頃、庶民の間で髭がブームになる。

鼻からほほにかけて外に飛び出すような鎌髭を生やす人や付け髭をする人、墨で顔に書く人などが現れるほどだった。

歌川国芳作『浅草奥山道外けんざけ』

これが鎌髭。すごいね。 

しかし1686年、再度「大髭禁止令」が発令され、髭の取り締まりは徹底されることになる。

守らないものには刑罰が科されるほどだったとか。

そんなこともあり、1700年代以降は江戸時代の人々の顔からは髭が消えてしまった。

文明開化でおかえり、お髭。

明治時代の人々の髭

江戸時代の徳川幕府が滅亡し、時代は明治になる。

幕末から明治時代にかけてたくさんの外国人が来日し、また日本人も欧米に訪問することで、西洋の文化が日本に浸透していくようになる。

ちょんまげが無くなり始めたのもこの頃。洋服が着られ始めるようになったのもこの頃。髭も同じように、西洋文化の影響を受けて再び生やされるようになったのだ。

国のトップたちは皆髭を蓄えるようになり、威厳・風格を表すアイテムにもなった。

その後日清戦争、日露戦争、世界大戦と日本は戦争が続く動乱の時代になる。そこでも威厳と風格を表す髭の役割は変わらず、軍人たちの間でも髭は流行する。

現代の人々の髭

戦後、高度経済成長期のサラリーマンたちの中では「髭剃りはエチケット」として認識されるようになった。東京都による1973年の調査によると、髭を生やした男性はわずか5%だったとか。

そして現代になり、髭はおしゃれとしての役割も持つようになる。

2000年代になると無精ひげがブームになる。ベッカムや中田英寿、イチローなどの時代を象徴するようなカリスマ性のあるスポーツ選手が髭を蓄える。髭が新たなアイデンティティとして確立されたのだ。

2010年代以降は俳優の竹野内豊や阿部寛、山田孝之などダンディな男、ワイルドな男の象徴にもなる。きっちりしたスーツに合わせた髭や、セットされた髪に合った髭。個人の自己表現方法が多様化された現代ならではの文化だろう。

こうして戦国時代から見てみると、髭の流行と時代の背景はリンクするのが分かった。世が乱れている時には強く見せるために髭を生やす。平和になるといらなくなる。

でも現代はそのどちらでもない、新たな髭の時代になった。

お髭、おかえりなさい。

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